Jリーグサッカーキング11月号|俺たちジェフ!
坂本將貴が語る
ジェフの歴史と将来像
Jリーグ発足以後、1998年にヤマザキナビスコカップ準優勝という成績を残したものの、リーグ戦は95年のファーストステージで優勝争いに絡んだ以外は思うような成績を残せていなかったジェフユナイテッド市原(当時)。年間順位は97年が13位、98年は16位と低迷し、同年はJ1参入決定戦の末に翌シーズンもJ1リーグで戦う権利を獲得した。しかし、99年も苦しい戦いが続き、最終節でJ1残留。ジェフがそんな過去と決別し、悲願の初タイトル獲得に向けて成長していこうとする2000年に加入したのが坂本將貴だった。坂本は01年に加入した崔龍洙やミリノビッチといったチームメートに刺激を受け、ズデンコ・ベルデニック監督の指導で能力が開花。そして03年にイビチャ・オシム監督と出会って大きな影響を受け、タイトルを獲得する喜びや厳しいJ1残留争いの苦しさなどを経験しながら、ジェフの中心選手へと成長していった。
01年はやっていて楽しかったし、
全然負ける気がしなかったですね。
僕はまあ、無我夢中でした(笑)
プロ入りに際して複数クラブからオファーがあったと聞いていましたが、ジェフを選んだ決め手は?
【坂本】99年はJ2に降格するかもしれない状況だったので、自分が入ってもJ1で戦えるかどうか分からなかったんですよね。でも、ジェフにはエースケ(中西永輔)さんを筆頭にGKの下川(健一)さん、各年代の代表に入っていた酒井(友之)、山口智、(阿部)勇樹、(佐藤)勇人、(佐藤)寿人とか結構タレントが多かったんです。そういう選手がいる中でやってみたいと思ったのが一番大きかったですね。
自分が成長していく中で、ジェフを強くしたいという気持ちはありましたか?
【坂本】最初は何も考えていなかったというか、単純にチームの力になりたいとか、プロはどんなレベルでやっているのかと思っているくらいでした。全く未知の世界に右も左も分からないまま加入したので、楽しさとか厳しさとか何も分からなかった中で、1年目は全然チームの力になることができなかった。大卒だったので、かなりの危機感を感じて日々を過ごしていた感じですね。








