
ワールドカップ特別編 その4
ハンドはプレーヤーたちの根源的な欲求
コピーをつけたら「神の手がいっぱい」
本稿執筆現在、W杯はベスト4が出揃い、「南米優勢のW杯」が一気に「欧州優勢のW杯」に変貌したところです。ブラジル、アルゼンチンが驚くほどもろさを露呈した。ドイツの評判が高いですね。世代交代が見事にハマり、チームに勢いがある。
しかし、僕が今回、書いてみたいのはそういう話ではありません。今回のテーマはハンドなんですよ。読者は今大会、妙にハンドが目立つと思いませんか。ま、直近のところでは準決勝のウルグアイ×ガーナ戦、終了間際にスアレスが見せた「確信犯のハンド」です。もう、あれしか防ぎようがなかった。直後のPKをガーナの英雄、ギャンが外してしまったため、ウルグアイはPK戦に持ち込み、ベスト4へ駒を進める。
スアレスのハンドは、まぁ、確信犯ですからちょっと特別なケースとも言えますが、本当にハンドのない日が珍しいくらいの奇妙な大会です。一種、ハンドの見本市みたいな様相を呈している。なかには「あれがハンドじゃ可哀想だなー」というのもあるし、笑っちゃうくらいの明らかなハンドもある。それから審判が見逃した疑惑のハンドもある。疑惑の代表例はブラジル×コートジボアールの、ルイス・ファビアーノの2点目じゃないですか。
僕はこれも「ジャブラニ+高地」効果なのかなぁと興味深く感じています。思いのままにならないボールをどうにかしようとして、世界のトッププレーヤーたちがつい手を出している(?)。あるいはスアレスのように、思いのままにならない運命に向かって手を出してしまうプレーヤーもいる。普段、(基本的に)手を使わないルールのなかで生きてるプレーヤーたちの根源的な欲求ですよ。それをアフリカの地で垣間見ることができた。
思えば今大会は欧州予選プレーオフ、フランス×アイルランドの段階でアンリのハンド疑惑が話題になっていますね。そして、そもそも元祖「神の手」マラドーナが監督としてW杯に戻ってきた大会でもある。何かサッカーの神様がそれを記念し、祝福している(?)かのような印象を受けます。コピーをつけるとしたら「神の手がいっぱい」です。
しかし、ハンドって行為は遊戯としてのサッカー、フットボールへの否定っていうか反逆って側面を持っているじゃないですか。「アンチフットボール」という意味では、守備的サッカーなんかよりずっと本来の意味に近い。だけど、これはひょっとすると守備的な方へ技術トレンドが動いてることと関係あるのかも知れません。つまり、「アンチフットボール」の流れのなかに位置づけられるのかも知れません。







